この週末はノンビリできる。8月の仕事は昨日で締めて終了した。ここのところたて続けに週末、秋葉原に部品購入に出かけていたのでなかなかノンビリする機会がなかった。まあそのお陰で十条に寄る事が出来たのだけれど。
前回十条の清水坂公園に行った時、以前はそこに国鉄の官舎が建っていてそこに吹奏楽部の同級生がいたのを思い出したが、ちょうど今頃は吹奏楽のコンクールは終わってその結果に悲喜こもごもの感を持っている頃だと思う。
私が吹奏楽部に入ったのは富士見中学校に入学してすぐに入った。王子第五小学校の頃は音楽は余り好きではなかったのだが、6年生の頃に帝京高校のドリル演奏、今でいうマーチングバンドを見て良いなって思っていたので入部した。今では小学校でも吹奏楽部があるところがあるが当時は鼓笛隊しかなったので面白くなかった、担当の先生も余り好きでなかったので。
入部する時、楽器の選択で「君は小さいからこれ」って言われた楽器がアルトホルンでした。(これって選択じゃないよね)確かに身長は低くて小学校の時はクラスで前から3番目で2番目の子が転校してしまったので、不本意ではあるが前から2番目に甘んじなければならなかった。トロンボーンは先までスライドできないしユンフォニュームやバスだと楽器に隠れてしまうくらい大きさだ。当時は今と違って男子のほうが多くて女子が先に木管楽器を担当される傾向だったので、私には木管楽器ではなく人気のないアルトホルンに回されたのだと思う。最も、用意してある楽器自体も少なかった。(当時は学校からの貸与楽器がほとんどでした)
このアルトホルンは中音域のハーモニー楽器っていうもので行進曲(マーチ)などではメロディ部分を演奏することは皆無に等しく、後打ちが多かった。それでも、みんなと音を出しているとたのしかったな。
その後、このアルトホルンからメロフォンに変わった。ようやくホルンと言えるようなカタツムリの形になったが、今のフレンチホルンのようにバルブではなくピストンでしかも右手で操作するものだった。キーは確かFとE♭管だった?と思う。
練習はウィークデイは試験前を除いて毎日やっていて、先生(宮田先生)も熱心に指導してくれたし、先輩や卒業したOBも指導にきてくれていた。
コンクールでは東京都のBクラス2位になった。この時の事で覚えているのは会場ですごく緊張したことと自由曲の「序曲 栄光」の演奏途中でキーを変えたくらいで後はほとんど忘れてしまった。どんな曲だったっけ???
このコンクールの成果?かもしれないが、池袋の三越の屋上で演奏させてもらった記憶がある。でもレベルは今の小学生クラスにももとる位なんだけど。
この吹奏楽部も富士見中学校2年の終わりには先輩とケンカして止めてしまった。ユンファニューム吹きの先輩だったな。ケンカの理由はもう忘れてしまったけれど、ガミガミ言われたのは覚えている。
富士見中学校の吹奏楽部の健闘を祈る。男子部員よ!もっと集まれ。
ノンビリできる一日のはじめにこんな事を思い出した。
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